
“血肉を分けた”根源的なつながり――親子 世の中がさまざまな人間関係で成立しているとすれば、人間がいちばん初めに出会い、その人となりに最も影書を受ける相手は、観です。 親と子の関係ほど運命的で決定的な絆は他にありません。子供は親を選べないし、親もまた授かった子供を選り好みできるわけではない……。ただ、そこにあるのは“血肉を分けた”根源的なつながり。 他人ではない。それゆえにこそ強烈な愛憎をはらんだ葛藤も起こりやすい……怒り、悲しみ、そして喜び。およそ人の子として生まれたからには、誰しもそうした感情とは無線ではいられません。人間を描いたドラマは数々ありますが、古今東西、文化や価値観の壁を越えて、最も共感しうる普遍的なテーマといえば“親子の絆”に尽きるでしょう。 かつて日本映画には“血肉を分けた”根源的なつながり=親子の秤を描いて琴線に触れる名作は数多くありました。しかし時代の流れとともに、こうした人間の心に迫った作品は、いつしか置き忘れられていきました。しかし、現在、日本映画が再び脚光を浴びています。スクリーンに“心に響く感動”を待望する声もあがってきています。 だから今、『愛を乞うひと』は誕生しました。世代間のギャップが喧伝される日本にあって、あえて親子の絆を真っ正面からみすえ、その在り方を問い掛ける。この作品の製作意図はそこにありました。画面には突さ抜けるような衝撃があります。胸の底から込み上げる深い感動があります。 この作品は、三世代の母娘が綴る絆を壮大なスケールで描いています。女性の視点からみた戦後史の側面をはらみながら、映像は時に激しく、時に静かに語られていきます。かつてこれほどまでに切なく、感動的な物語はあったでしょうか。 忘れ去りたい過去に向き合う“心の旅” 山岡照意は、早くに夫を亡くし、娘の深草との二人暮らしを続けてきた中年女性。娘が高校生になったとき、彼女はある決心をします。それは、幼い頃に死んだ父、陳文雄の遺骨を探し出して弔うことでした。 遺骨の手がかりをたどるうちに、彼女の脳裏には忘れようと押し込めていた記憶が切れ切れに蘇ってきます。 雨のなか、父が母親の豊子から彼女を引き離した情景。父の死後に施設に預けられていた彼女を豊子が迎えに来たこと。バラックに連れて行かれて、新しい父の中島武人と弟の武則に引き合わされたこと……。中島と別れた後に“引き揚げ寮”に住む和知三郎のもとに転がり込んだ日の様子。その頃より、それまでもあった豊子の折檻が、さらにひどくなっていったのでした……。 陳文雄の遺骨を探る旅は、深草の協力のもとで、故郷の台湾に赴くことになります。 その旅はまた、頑なに心を閉ざすあまり、見失ってしまった“自分を探す”過程でもありました。そうして、彼女は現在も生きている母、豊子と会うことを決意するのです。 日本映画を代表する才能たち どんな親であろうとも絆を否定することはできない。ヒロイン、照恵が辿る“心の旅”は万人の胸に響くテーマに貫かれています。原作は処女小税にして発表時にセンセーションを巻き起こした下田治美の同名小税(角川文庫刊)。 脚本を旭当した鄭義信は、『月はどっちに出ている』や、岸田國士戯曲賞に輝いた『ザ・寺山』などで知られていますが、本作でも原作のもつテンションを失わずに、巧みな構成力と卓抜したキャラクタ一造形によって、さらなる感動に誘ってくれます。 この脚本を得て、メガフォンをとったのは平山秀幸。『ザ・中学教師』で92年度監督協会新人賞を獲得し、「学校の怪談」シリーズではエンターテインメントづくりの才能を広く証明した逸材です。ここでは抑制のきいた演出のなかで、大胆にして細心の人間描写を披露。なにより衝撃的な素材、ともすればべたつきかねないテーマを、ハードボイルドといいたくなるスタンスで描き切り、深い感動を導き出してくれます。 そうした平山演出を支えるスタッフの顔ぶれも充実しています。撮影は『ザ・中学教師』や『毎日が夏休み』などで知られる柴崎幸三、照明は『新・居酒屋ゆうれい』の上田なりゆき。美術には『どっちにするの。』や『東京日和』の中澤克巳。録音には『熱帯楽園倶楽部』の宮本久幸。編集には『おいしい結婚』、『大誘拐』の川島章正などが揃いました。いずれも「学校の怪談」シリーズに参加し、平山監督とは気心も知れたメンバー。監督の「娯楽作品をともに作り上げたスタッフとやるからこそ、この作品に取り組む意味がある」との呼びかけに応えて再結集したのです。 措かれる時代が、終戦直後から現代まで殆ど半世紀に及ぶため、時代考証にも細かい配慮が成されました。昭和30年代の町並みを始め、時代を再現するために全国各地をくまなく捜し歩いてロケ地を決定。背景をCG製作のマット画で合成する手法は、「学校の怪談」のチームが担当しました。「今回はリアルを生み出すための特殊効果」と監督はコメントしていますが、“まるで当時に戻ったようだ”との声があがるほどの映像が生み出されています。 音楽は『高校教師』や『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』の千住明が担当。これが初めての平山作品ですが、心にしみいるメロディを提供。映画の魅力をさらに高めています。 特筆すべきは、海外の優秀な才能が多数参加していること。特殊メイクアップには『ノスフェラトゥ』や『愛と哀しみのボレロ』など、フランスを拠点にヨーロッパで活躍するレイコ・クルックとドミニック・コラダン。老いをリアルにみせるメイクアップで腕を振るいます。また台湾のロケーション撮影では、現地のスタッフの協力を得て、現代台湾の姿をみごとに捉えることに成功しています。 しかし、この作品の大きな魅力はキャスティングにあることは疑いありません。心に深い傷を負った照恵とエキセントリックな母親、豊子を演じるのは、96年の『絵の中のぼくの村』でキネマ旬報主演女優賞を始め、各賞に輝いた原田美枝子。ここでの対照的な二役の熱演は、みる者に圧倒的に迫ってきます。日本映画界ひさびさの陰影に青んだヒロインを、かくも強烈につくりあげました。この作品によって現代日本映画界を代表する“女優”が誕生したといっても過音ではありません。 陳文雄には、スケール感のある演技で日本映画界を支える中井貴一。役作りのために体重を大幅に落とし台湾語を特訓して印象的な演技をみせています。 さらに深草役には、第4回東宝シンデレラに輝いた新星、野波麻帆。陳文雄の友人夫婦役には、舞台・テレビで活躍する個性派、小日向文世と熊谷真実。三番目の夫、和知には国内外を問わず幅広い活躍を続ける國村隼。成人した武則にミュージシャン・俳優のうじきつよし。それぞれが味わい深く演じています。 なにより、照恵、武則を演じる子役たちの存在感を抜きに、この作品を語ることはできません。照恵彼の小井沼愛、牛島ゆうき、浅川ちひろ。武則役の前田弘、塚田光、五十畑迅人。いずれもオーディションで選ばれた子供たちですが、子供の演出に定評のある平山監督の指導のもと、心に残る演技を繰り広げてくれました。 この他、皇子の二番目の夫、中島には『キッズリターン』で強烈な個性を発揮したモロ師岡。『ひみつの花園』や『学校の怪談3』で注目の女優、西田尚美。『新・居酒屋ゆうれい』の中村有志がワキを固めています。 また台湾のシーンに登場する人たちも忘れるわけにはいきません。演技経験よりもリアリティを重視した人選で、台湾の人気コメティアン丹陽に加えて、林鴻翔、杜永源などが出演することとなりました。 誰もが愛を乞うている……。 絆は必ずしも幸せな状況で結ばれるとは限らない。それでも親子である以上、そこには感情の交感があり、影響しあうもの。憎しみもまた絆をかたちづくるものであることを、この作品は敢えてくれます。その絆の呪縛から解き放たれたとき、ヒロインの照恵は自分の人生に対して初めて自信をもつに至るのです。これは人間の精神的自立までのドラマであり、生きることの価値を謳いあげた作品。 平山秀幸が渾身の力をこめて描いた日本人への応援歌で.もあるのです。98年、いや日本映画史に残る傑作の登場です。
監督:平山秀幸 脚本:鄭義信 原作:下田治美 製作:藤峰貞利(古澤利夫)、高井英幸 プロデューサー:木村典代、宮内眞吾 共同プロデューサー:瀬田一彦 出演:原田美枝子、野波麻帆、中井貴一、國村隼、うじきつよし、小日向文世、熊谷真実 企画:サンダンス・カンパニー 配給:東宝 <受賞リスト/1998年度> ■モントリオール世界映画祭 国際批評家連盟賞 ■アジア太平洋映画祭 脚本賞(鄭義信)・助演男優賞受賞(中井貴一) ■山路ふみ子映画賞 山路ふみ子映画賞(平山秀幸) ■報知映画賞 最優秀主演女優賞(原田美枝子) ■日本シナリオ作家協会 菊島隆三賞(鄭義信) ■日刊スポーツ映画大賞 最優秀作品賞・最優秀監督賞受賞(平山秀幸) ■キネマ旬報賞 日本映画監督賞(平山秀幸)・日本映画脚本賞(鄭義信)・日本映画主演女優賞(原田美枝子)・日本映画ベスト・テン第2位・読者選出日本映画ベスト・テン第2位 ■ヨコハマ映画祭 主演男優賞(中井貴一)・主演女優賞(原田美枝子)・日本映画ベストテン第5位 ■毎日映画コンクール 日本映画大賞・監督賞(平山秀幸)・女優主演賞(原田美枝子)・美術賞(中澤克巳) ■おおさか映画祭 監督賞(平山秀幸)・脚本賞(鄭義信)・主演女優賞(原田美枝子)・新人賞(野波麻帆)・日本映画ベスト・テン第2位 ■日本映画ペンクラブ賞 1998年度ベストワン(日本映画部門) ■優秀映画鑑賞会 1998年度ベストテン第一位(日本映画部門) ■ブルーリボン賞 主演女優賞(原田美枝子) ■日本アカデミー賞 優秀作品賞・最優秀作品賞・優秀監督賞(平山秀幸)・最優秀監督賞(平山秀幸)・優秀脚本賞(鄭義信)・最優秀脚本賞(鄭義信)・優秀主演女優賞(原田美枝子)・最優秀主演女優賞(原田美枝子)・優秀助演女優賞(野波麻帆)・優秀撮影賞(柴崎幸三)・最優秀撮影賞(柴崎幸三)・優秀照明賞(上田なりゆき)・最優秀照明賞(上田なりゆき)・ 優秀美術賞(中澤克巳)・最優秀美術賞(中澤克巳)・優秀録音賞(宮本久幸)・優秀編集賞(川島章正)・最優秀編集賞(川島章正)・優秀音楽賞(千住明)・新人賞(野波麻帆) ■ゴールデンアロー賞 映画賞(原田美枝子) ■日本映画批評家賞 新人賞(野波麻帆) ■文化庁優秀映画作品賞 ■ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭99 Max Factor AWARD「BEAUTY SPIRIT IN FILM」(内山いほ子) ■東京スポーツ映画大賞 主演女優賞(原田美枝子) ■全国映連賞 女優賞(原田美枝子) ■日本映画テレビ技術協会、日本映画・テレビ録音技術協会日本映画技術賞 録音部門(宮本久幸) ■日本映画テレビ技術協会日本映画 技術賞撮影部門(柴崎幸三)・照明部門(上田なりゆき)・美術部門(中澤克巳) ■日本映画照明協会 最優秀賞(上田なりゆき) ■予告編大賞 準グランプリ ■わかやま市民映画祭 主演女優賞(原田美枝子) ■朝日新聞 ファイブベスト ■読売新聞 ファイブベスト・今年を代表する監督(平山秀幸)・今年を代表する女優(原田美枝子) ■文部省特選 ■優秀映画鑑賞会 特別推薦 以上67の賞を受賞 米国アカデミー外国映画賞日本語作品の正式代表 他全国約250の省庁・自治体・団体・組織などから推薦
