
学校の怪談は進化し続ける。 95年のスタート以来、パート1は配収15億円、パート2は配収16億円、パート3は配収12.5億円。およそ900万人の観客を動員し、もはや日本の夏のエンターテインメントの定番となった「学校の怪談」シリーズが、1年の構想の後、満を持して登場しました。しかも4度目の夏に送り出す作品は、これまでのシリーズの枠組を打ち破り、未だかつて例のない恐怖世界です。 子供たちの生活空間のどこかしらに存在する“魔”や“闇”ふだん見慣れた光景、ものが、ある瞬間から、凄まじい恐怖を発するものに変貌し、迫ってくる……人間の心の奥にある恐怖の本質を刺激する映像が練り抜かれたストーリーのなかでじわりと浮び上がってくる。このパート4はホラー慣れした人にも120パーセントの満足を味わえるはずです。 時は、世紀末のせいでしょうか。あたかも“ホラー”全盛時代の様相を呈しています。映画・小説・コミックと、各メディアがこぞってこのジャンルを手がけ、着実にフアンを生み出しています。しかし、その一方で生理的嫌悪感や凶々しさをエスカレートする作品も少なくありません。“ホラー”の先駆ともいえる「学校の怪談」シリーズは、さらなる恐怖、新たなるカタルシスを求めて、ここに異なるアプローチで勝負をかけたのです。 忽然と子供が消えていく……神隠し。つぎは、おまえだ! 高波と豪雨が襲う海辺の町に、夏休みを利用して東京から小学4年生の弥恵と、6年生の兄の恒がやってきます。この町では半世紀ほど前に、小学校の校舎が津波にさらわれるという悲しい過去がありました。兄妹は従妹を通じて同じ年頃の子供たちと仲良くなりますが、嵐の翌日から生々しい心霊現象、奇怪な事件が頻発。そればかりか、町の子供たちがひとり、またひとりと忽然と姿を消していくのです。神隠し。捜査団を組んで必死に探し回る大人たち、不安と恐怖に陥る子供たち。この町は呪われている……そんな想いに皆が囚われはじめたとき、みえざる魔手は恒に伸びていきます。 ある日突然、子供が姿を消してしまう。どこへ行ってしまったのか。再びこの現世に帰ってくることができるのか。残された子供たちは、次の犠牲者は自分ではないかと恐れおののき、大人たちは理解の及ばない事態に困惑する――古くは“ハメルーンの笛炊き”や“篭目篭目”の歌に代表されるように洋の東西を問わず世界各地で語り継がれている神隠し伝説は、現代ではミッシング・チルドレンというかたちに変化しています。21世紀を目前とし、科学が闇を駆逐したといいながら、子供たちの世界には依然として大きな闇がそこかしこに存在している事実。そうしたリアルな怖さをおさえながら、この作品は、純粋であるがゆえに正にも邪にも感応してしまう子供たちをいったいどのような“魔”が連れていってしまうのか、という問いにひとつの答を提出します。 これまでの3作は“どのようなお化けと出会い、いかに危機から脱出するか”というアドベンチャー的要素が物語の中心。子供たちの想像力から生み出された、親しみやすいキャラクターを持ったお化けが登場し、彼らと戦いながら、異次元から脱出する展開でしたが、多くの支持を集めたそうした世界から一歩踏み出し、あくまで子供たち独自のフォークロアとしての「学校の怪談」の原点に戻り“実体の見えない恐怖”を追求する。これがパート4のテーマなのです。 当然、怖さを描く視点も、前回までとは大きく異なります。じわじわと背筋が寒くなってくる、心理的な恐怖を前面に押し出した映像。それも、古ぼけた人形、死者を弔う灯龍流し、縁日のお面、廃線の線路……など、日本のあちこちに残る風物、行事が効果的に使われていきます。日本人の血のなかにある、本能的な恐怖を喚起する映像。昔から怪談話に使われてきた要素が違和感なく溶け合って、年齢を超えた怖さを演出しているのです。 充実のスタッフ&キャストで描く人の心の絆の強さ、怖さ パート4では、シリーズに共通していた設定も改められました。これまでは毎作品必ず、子供たちを手助けする先生が登場していましたが、今回はヒロイン、弥恵を中心とした子供たちが自力で恐怖に立ち向かわなければならない状況に追い込まれます。原因不明な奇怪な現象が起きるなか、頼る者もない子供たちは、恐怖におののきながらも自分たちでこの事態を解決しなければなりません。 ただ、子供たちはその体験を通して“思い”の強さを知り、勇気と思いやりを学んでいきます。たくましく元気いっぱいの子供たちが、恐怖体験から成長していく……シリーズに共通するポリシーはいささかもゆるぎません。子供たちには恐怖を体験する醍醐味を満喫し、大人には過ぎ去りし子供時代をふりかえると同時に、悔いを残して生きることの哀しみに胸が熱くなる。ラストに盛り上がる感動とあいまって、世代を超えたエンターテインメントとしての資質は十分、です。 その『学校の怪談4』の撮影が行なわれたのは、怪談に絶好の時期でもある98年の猛暑のさなかでした。しかも、イメージ通りの映像を目指して、全国各地にロケを敢行。愛知県の知多半島を始めとして、1都12県に及びました。 監督は『学校の怪談』『学校の怪談2』でさわやかで怖い恐怖世界を描き出して大ヒットを飛ばし、最新作の『愛を乞うひと』では、母娘三代の愛と葛藤のドラマを抑制の効いたタッチで描き深い感動をもたらし、海外、国内数々の映画賞に輝いた平山秀幸。子供を描いて定評があり、シリーズの原点を確立したともいえる平山監督が、これまでの枠にとらわれない自由な発想で、「学校の怪談」の新たな世界観を生み出しました。押さえた情感が映像からにじみでてくるあたり、平山監督の面目躍如たるところです。 また、前3作を支えた第一級のクリエイターたちが今回も結集し、意気込みを映像に焼き付けています。脚本は『お引越し』『よい子と遊ぼう』の奥寺佐渡子。子供たちのリアルな会話、心理的な恐怖を緻密に描き出していく語り口の冴えは、いつもながらみごとの一語です。 撮影は『ザ・中学教師』『毎日が夏休み』『愛を乞うひと』の柴崎幸三。繊細な映像タッチで“暗闇の恐怖”を切り取り、“夏の匂い”を映像にかもしだす。スーパー35mmによる全編シネスコ撮影も大きな特徴といえましょう。照明は『新・居酒屋ゆうれい』の上田なりゆき。『愛を乞うひと』に引き続いて柴崎カメラマンとの絶妙なコンビネーションを誇っています。美術には『木村家の人びと』『東京日和』『愛を乞うひと』の中澤克巳。シリーズの顔でもある学校の造形はもちろんのこと、今回は海沿いの町そのものを作り出すという難作業にも挑んでいます。緊迫の場面を斬新なアイディアに充ちた音づくりで盛り上げた録音は『どっちにするの。』『愛を乞うひと』の宮本久幸。編集は『おいしい結婚』『大誘拐』『愛を乞うひと』の川島章正が担当、怖さのツボを熟知したテクニックで観る者の生理的な不安感を刺激していきます。また、シリーズの大きな魅力ともいえる視覚効果は、第1作から参加の橋本満明が担当。CGを駆使してさらにグレードアップした映像で勝負を賭けています。そして音楽には、吉田拓郎の「蒼い夏」が挿入歌となるのに加えて、数々のヒット曲を辛がけてきた宇崎竜童が妖しくも美しいスコアを作り上げ、素晴らしい効果を上げています。 キャストの点でも、今回は子役のオーディションを一般公募にまで拡大しました。小学3~6年生で、調布の撮影所に通うことができることなど、細かい制約があるにも拘わらず、応募は6000名以上にのぼりました。2ケ月間にわたるオーディションの末、ヒロインの安西弥恵投には、一般公募の豊田眞唯(小学3年生)が、その新鮮な魅力で大抜擢されました。その一方で弥恵の兄・恒に広瀬斗史輝など、演技経験皇宮な子役らも選ばれ、総勢12人のプロアマ混合の小学生チームが構成されました。また、弥恵が海辺で出会う不思議な老人に関西落語界の大御所で『ヒリケン』や『岸和田少年愚連隊/望郷』でも軽妙な演技をみせた笑福亭松之助。あゆむの母親役に『愛を乞うひと』での演技が海外でも高い評価を得た原田美枝子。その他、根岸季衣をはじめとする充実したキャスト陣が物語に厚みを与えていることも見逃せません。 1999年夏、「学校の怪談」シリーズはパート4とともに新しく生まれ変わります。想像を絶する戦懐と衝撃、万人の琴線に触れる感動をお約束します。
監督:平山秀幸 原作:常光徹「日本民話の会」 脚本:奥寺佐渡子 製作:藤峰貞利(古澤利夫)、高井英幸 プロデューサー:木村典代、瀬田一彦 出演:豊田眞唯、広瀬斗史輝、笑福亭松之助、原田美枝子、皆川優紀、坂井英人、竹島由夏、久保孝則、長者康之、塚田光 企画:サンダンス・カンパニー 配給:東宝 <受賞リスト/1999年度> ■朝日新聞 ファイブベスト ■文化庁優秀映画作品賞 受賞
