
夢と現実が交錯する不可思議な世界、微妙に揺れ動く男と女の心――。 映画の原点といわれるアクションに、新しい魅力を与える川島透のイメージが炸裂。 「此処より他の場所」を指して映像世界は無限に拡大する。 女流小説家・珠子、裏の世界の漂流者・英二。住む世界の違う男と女が出会ったとき、物語は始まる。重なり合った偶然に追われて夜の六本木から海辺のコテージへと逃亡。そして捨て身の銃撃戦へ……。ハイスピードに展開するアクション映画としての軸を持つ本作品は、同時に、珠子が迷い込んだ「此処より他の場所」を組み込んで、密度の高い映像世界をつくり上げることに成功している。 夢と現実が交錯する珠子の心理描写、男と女の境遇・生き方の落差、都会の喧騒と静寂を象徴する波の音、めくるめく閃光と闇――川島透の鮮烈なイメージはコントラストを際立たせ、「此処より他の場所」を暗示する。 「此処より他の場所」とは、知的な早熟さから日常に破綻をきたした珠子が求めた「恋の冒険(アヴァンチュール)という非日常性」であり、韻を踏んだ「寓話の世界」である。ヒロインの名・有栖川珠子は、ルイス・キャロルの「Alice Adventures in Wonderland」から採られたもの。たとえば、珠子のコテージに飾られた「3月うさぎ」、ゲイバー「チェシャキャット」、珠子を追うソルジャーなど、この寓話の世界は映像としても様々なシーンで表現されており、一種の謎解きにも似た面白さを味あわせてくれる。 全体の3分の2を夜の六本木と海辺のロケで通したダイナミックかつ華麗な映像効果も興味を惹くところである。スタッフには撮影・前田米造、照明・梅谷茂をはじめベテラン勢を起用。「時代の夢を体現するイベントとしての映画を撮りたい」と語る川島監督の言葉どおり、完成度の高さを持ちながらも斬新な感覚にあふれたエンターティメント・ムービーが仕上がったといえる。 都会的な香りを漂わせたおとなの女を演じる薬師丸。 「以前から本格的なアクション映画に取り組んでみたかった」という薬師丸ひろ子念願のハードアクション映画。しかも演じるキャラクターは天才肌の小説家という設定。洗練されたおとなの女を装いながらも、どこか気まぐれな都会の女。モラトリアムな雰囲気としなやかな攻撃力をあわせ持つ現代の女――。 性格描写の難しい役柄のため力量が問われる作品、との見方も多かっただけに、それを見事に演じきった薬師丸の女優としてのスケールの大きさを実感させてくれる仕上がりとなっている。前作『Wの悲劇』から1年。数々の主演女優賞に輝いた薬師丸が、好企画に出会うまで待ったという甲斐あって、そのエネルギーを注ぎ込んだこの映画は、まさにひろ子ファン必見の待望作となった。 共演は柴田恭兵。軽快で奥行きのある芝居ができる男優・柴田と、人々の夢をきちんと体現できる女優・薬師丸。このインパクトに富んだ魅力のコンビもひとつの話題となっている。 ミュージカルで鍛えあげた柴田のスピード感のある動き、独特のリズムを持つ川島映画の世界と、新しい薬師丸のプロフィールがどのように融合するか――。『野蛮人のように』はアイドル女優から完全脱皮し、ますます輝きを増した彼女の、今後の方向性を示唆するエポック的な作品になることが予感される映画といえるかもしれない。
真夏。東京に近い、ある海辺のコテージ。テラスでひとりの女が原稿用紙を前にしている。有栖川珠子、20歳の小説家である。 15歳で彗星のように文壇にデビュー。その後も数々の著作を生み「天才」の名を欲しいままにしてきた彼女だったが、最近はいまひとつ執筆活動に熱が入らない。何もかもを、知りつくしてしまったような倦怠――。 そんな珠子を元気づけようと、友人たちがコテージを訪れる。珠子の担当編集者であり良き理解者でもあるまき子、ひょうきんなイラストレーターの竹林、そしてTVディレクターをしている橋本である。 気のおけない仲間たちとの花火大会。陽気な歓声と共に、次々と点火される花火は、コテージを幻想のように浮かび上がらせる。闇の中に一瞬だけ閃く光が展がるのを見て、「VIE(ヴィ=人生)のような花火」とつぶやく珠子。 心配するまき子たちに軽い冗談を投げて、花火大会を脱け出した珠子は、ひとり、夜の都会へと串を飛ばした。そこで珠子が出会ったのは、ひとりの男。本当ならば、すれ違ったまま記憶にも残らない、単なるゆきずりの男、まったく偶然の出会いだった。 軽い酔いに身をまかせて、六本木の街を歩く珠子に突然ぶつかってきたその男は、猛然と抗議する彼女を、強引に近くのバーに引き込んでしまう。勝気な女を扱うのにたけている、その男。中井英二は外人娼婦の用心棒を気取る裏の世界の漂流者――。 彼は、つい何時聞か前に、兄貴とも慕う滝口に頼まれて、山西組々長が殺られた現場から拳銃の入ったバッグを預ってきたばかりだった。周囲の目を欺くために、連れがいるのは好都合だともいえた。 まだ、内心は怒りながらも、男の、追いつめられ腹をくくったような投げやりな態度が、妙に珠子の心を揺さぶる。英二も、この見知らぬ女の持つ雰囲気に、言いようのない関心を抱き始めていた。 ゲイバー“チェシャキャット”のマダム・タケシは、そんなふたりの心の動きを読み取るかのように、ウキウキと楽しげな声を上げる。 きっと何かが始まる。しかし、そんな胸さわぎはまったく別の形となって現れた。黒づくめの服を着た男たちが、ふたりの前に突然立ちはだかったからだ。タケシの機転で、無事、“チェシャキャット”から逃げ出すことができた英二と珠子は夜の街を走り出す。自分だけではなく、珠子をも狙う男たち――英二にはこの追撃の意味が理解できない。 一方、追っ手は珠子と英二というカップルにひとつの結論を得ていた。二代目組長と目されている滝口が、自分に向けられた組長殺害への疑惑をそらそうと、デッチ上げた“ナゾの女”の人相が珠子にそっくりだったためである。偶然に偶然が重なり合ったのだ。 路地裏へ、スーパーマーケットヘ、ディスコヘ、雑踏の中へ……。六本木のイルミネーションを縫って逃げるふたり。追撃は次第に狂暴なものへとエスカレートしてゆく。 闇の中にナイフが光り、傷を負った英二が追われているのが見えた瞬間、珠子の胸の中で何かが弾ける。血に染まった英二を助けて自分のコテージヘ運ぶことに、もう何の疑問も感じていない珠子だった。 夜の都会の灯とひとときの冒険が幻想だったのか、それをバックミラーの中に見送ったと思い込んだのが錯覚だったのか、珠子は英二の傷の手当てをしながら、めまいにも似た感覚に襲われる。積み上げられた書籍、静けさを確かめるような波の音、そして机の上にあったまき子の置き手紙……ここは確かに住み慣れた珠子のコテージ。 ちょっとした会話や、仕草のひとつひとつに、お互いの世界が違うことを自覚してしまう奇妙な共同生活――。 珠子の推理によって、ふたりが巻き込まれた事件のナゾが明らかにされたとき、英二はコテージから出てゆくことを告げるのだった。 そして最後の夜。ランプの灯の中で珠子と英二の心は微妙に揺れ動く。お互いの気持ちを探り合うような静寂。そのとき、銃声と共に窓ガラスが砕け散る――。
監督・脚本・原作:川島透 プロデューサー:黒澤満 撮影:前田米造 美術:桑名忠之 録音:小野寺修 照明:梅谷茂 音楽:加藤和彦 出演:薬師丸ひろ子、柴田恭兵、河合美智子、太川陽介、清水健太郎、尾藤イサオ、ジョニー大倉、戸川純、高木美保、寺田農、佐々木すみ江 企画:サンダンス・カンパニー 配給:東映
